私が一年間予定のワーホリを二週間で切り上げ帰国した理由

 

 

こんにちは。私は一年間いく予定だったワーホリを二週間で切り上げて帰国します。これは今の気持ちを忘れないため、自分の気持ちを整理するため、そして海外生活やワーホリなどに興味を持っている方のお役に立てばという思いで書いています。

ワーホリとは一般の方にはそもそも馴染みが薄いかもしれません。ワーホリというのはワーキングホリデーの略で、30歳までの人が対象でワーホリビザを取得することで誰でも海外生活が一年間送れるという制度で、中でも日本とワーホリの提携を結んでいるオーストラリアやカナダなどにいくことができます。主に社会人の方に人気な制度であり、「社会人の夏休み」などと言われたりすることもあります。私は日本で英語を勉強しており、独学でTOEIC880点を取得し英語が大好きで、自分で言うのもなんですが普通の方からしたらかなりできる方だとは思います。自分の英語力を海外で試してみたい、海外生活してみたいという気持ちから、大学の友人にこの制度を紹介されてからすぐに興味を持ちました。留学をすれば最低でも100万円はくだらない中、半分以下の料金で一年間海外生活を送れる上に、お金まで稼げてしまうので帰ることにはプラマイゼロ、もしくはプラスくらいにはなっているだろうということで、大学三年を終えて四年になる前の2月から、四年生を一年休学して海外にチャレンジしようということになりました。

その際に、とあるワーホリエージェントを使うことにしました。このワーホリエージェントは出発前のサポートや出発前に仕事を紹介してくれるなど行っているエージェントです。使った理由としては、自分で仕事にアプライするのに怖さがあった、紹介される仕事内容は一般的なジャパレスなどではなく、普通なら得られないような砂漠での仕事などのレアなものを紹介してくれるものでした。このような理由からこのサポートを受け、砂漠での仕事を紹介してもらいました。基本的には外仕事だったのですが、紹介される際に最も英語力を必要とされると言われていたので、帰国するころにはペラペラになって帰りたいと思っていた自分にはうってつけの場所だと思いました。また、今まで外仕事のようなものはやったことがなかったので新しい経験になるかもしれないと思いそこに決めました。今考えると浅はかだったかもしれません。

出発前のサポートプラス仕事の紹介料等合わせて40万円ほどでした。(買い揃える物や航空券代、保険料などを合わせると60万円くらいになっていたと思います。)家は裕福ではなかったし、親にも迷惑をかけられないという思いあったので、奨学金を多めに借り、少しづつストックしていきその中から捻出しました。

さて、満を辞してオーストラリアに旅立ったわけですが、最初の一週間はホームステイでした。このホームステイ先が本当にいい方々で、今でも本当に感謝しかありません。詳しくは割愛しますが、最高の一週間だったと思います。そしてオーストラリアの真ん中、ノーザンテリトリーのあたりに仕事をするために旅立ったのですが、まず驚いたのがスタッフが日本人ばかりだったということです。共に行動する同僚の半分以上は日本人でした。そのことに関しては、日本人もいるとの事だったので面食らっただけでしたが、さらにはそこは殆どが日本語環境でした。私の予想では、紹介してもらえる中では最も英語力が必要とされる職場、またみんな英語が上手とのエージェントの話から周りの日本人の方もかなり英語が上手で、共に切磋琢磨できる環境かと思っていましたが、9割程度は日本語を使っていましたし、中には英語を磨くということに関しては興味がない方もいました。まずその時点で嫌な予感がしました。その時は周りの日本人を責めました。なぜ英語をもっと使って学ぼうとしないんだ。そう思っていましたが、これは今考えれば私が間違っていました。私はワーホリに来る日本人は様々な目的を持ってきている、ということを考慮に入れていなかったのです。英語は全く興味がなく、ただ単に出稼ぎにきている人や、職場での経験を積みたい人など様々な人がいるはずです。ただ、この環境は明らかに自分の目的である英語を伸ばしたいというのには適した環境ではありませんでした。

さらに、仕事の中身はというと、9割がトイレ掃除でした。朝6時に起きて休憩を挟みつつ午後3時までトイレ掃除。作業は一人の時もあれば二人の時もありますが、二人の時も基本日本人と一緒です。英語を使うことはありません。仕事を始めた初日、なぜワーホリに来たのか一緒に掃除をしていたある日本人に聞いたところ、「暇つぶし」と返って来ました。その後私は悔しくて泣きました。私は「暇つぶし」できている人と一緒に働いているのか、と。人それぞれの目的があるとはいえ、悔しかったのです。職場に到着したその日からここで働いていて何か得られるものがあるのかという疑問を持ち始めました。翌日の掃除中も、なぜ自分はここまで来て日本人とひたすらトイレ掃除をしているんだろうという気持ちがぐるぐる頭のなかを巡り、泣くのを必死に堪えて仕事をしていました。日本の友人や母には自分は砂漠のこんなすごいところに行くんだ!という幻想ばかりを語っており、その幻想とギャップで仕事が終わると涙が止まりませんでした。

しかし、1日目の夜には折角ここまで来たんだからなんとしてでもやってやる!いい環境は与えられるものではなく自分で作り上げるものだ!と考え直し、どうやったら充実した職場生活を送ることができるのかをなんども考えました。しかし、2日目にも日本人とひたすらトイレ掃除をしていると、やはり自分はこれでいいのかという考えが止まらなくなりました。紹介していただいた職場は基本的に半年勤務ということになっています。しかし2日目にはもうやはりこの職場で得られるものはないと考えるようになっていました。私は直接ボスのところに行き、自分はもう役に立てないからクビにしてくれと伝えました。ボスは本当に優しい方で、わかったからまずはコーディネータの人と話してみろ(ワーホリエージェントで仕事を紹介していただいた現地のコーディネータのことです)とのことでした。コーディネータの方に言われたのは、あなたはまだ何も経験していない。意味がないなんてなぜ1日や2日で判断できるのか、続けないとわからないことだってあるしこれから素晴らしい経験ができる、ということでした。間違ってはいないと思います。どんな仕事でも1日や2日では楽しさや経験値は得られないでしょう。しかし私にはそれでもやはり、この日本語環境でトイレ掃除や雑務を半年こなすと得られるものがなんなのか、全くイメージできませんでした。忍耐力や人の温かさ、文化の違いなどは得られるかもしれません。事実ここに先に来ていた先輩方に得られたものは何か聞いたらそのように答えていました。しかし、やはりそれは自分が得たいものではないと判断しました。コーディネータの方には一週間は続けろ、と言われてたのでそこは了解をしましたが自分中ではすでにここを辞めるという決心は付いていました。また、他の方には数週間もすれば慣れるさ、と言われていましたが私の中では思考を停止し慣れてしまったら負けだと思っていました。事実5日目には仕事に少し慣れている自分がいて怖かったです。得られるものがないと判断した環境で、惰性で仕事を続け半年後に何が残るのかと思っていました。そうなると、ここをやめてどうするのかということですが、それと同時に日本に帰って就活をするという選択肢が2月中に帰国すれば残っているということに気がつきました。休学届もまだ出していませんでした。しかしやはり一年間行ってくる、と周りにもいい送り出してもらった手前、そんな簡単に帰国していいものかという考えはこの時点では強く持っていました。なので、ここをやめて自分で仕事を探してオーストラリアで過ごすという線を考えました。それを考えて行く中で、じゃあどんな仕事をするのかとなると、ワーホリビザで手に入れられる仕事は基本的に日本のアルバイトのようなもので、もちろん英語を使った接客もできますが、専門的なものではありません。そして、自分はすっかり忘れていた最も基本的なことに気がつきました。ワーホリのメインは仕事であって、英語を伸ばすというのは副次的なものだということです。仕事というのは勉強とは違います。私の英語力を伸ばすために私を雇うわけではありません。至極当たり前のことです。この時私は、「仕事をする」ということを甘く見ていたと気づきました。私の本当にやりたかったことは英語を伸ばすことであり、日本でもできるようなアルバイトがしたいわけではないということです。どんどんいろんなことを学び成長したい、貴重な若い時の時間を無駄にしたくないと考えていた自分には、アルバイトのようなワーキングもホリデーもそもそも必要なかったのです。そして、自分がやりたかった英語を伸ばしてペラペラになるというのは日本でもできることであり、少なくとも朝らかずっと日本人と掃除をしながらオーストラリアにいるよりは日本で勉強したほうが簡単だということもこの二週間ではっきりしました。経験についても、アルバイト感覚の仕事をして経験を得るよりも、日本に帰って就活をしてその一年を専門分野の経験に当てたほうが有意義なのではないかという考えになりました。

そして、大学三年生の一年間、周りが就活をする中で私も例に漏れず「自己分析」をし、自分が何をしたいのかを考えていました。しかし、日本にいるときはその答えが見つかりませんでした。日本にいた時の自分は、海外に漠然とした憧れや幻想を抱いており、外資などで英語を使いながら仕事ができたらかっこいい!くらいの薄っぺらいものだったと思います。しかし、憧れだった海外に来てからずっと感じていたのは「日本社会の温かさや良さ」でした。盲目に海外に夢見ることで、自分を育ててくれた日本社会への感謝はすっかり忘れていました。この短い海外生活をすることで、日本社会への感謝や自分を応援してくれた友人や家族への感謝の思いがより強くなりました。そして、「自分の英語力は自分を育ててくれた日本のために役立てたい」「日本に恩返しがしたい」という強い意志が芽生えました。この気持ちが強くなったのが自分が日本に帰って就活をしようと思った一番の理由です。

また、この決断を後押ししたのが、「自分の選択を正解にするように努力するしかない」という気持ちでした。どの道を行っても茨の道だと思います。砂漠に残るにせよ、他の職をオーストラリアで探すにせよ、人よりも就活が遅れている中で日本に帰って就活をするにせよ自分にとっては厳しい道となるはずです。しかし、どの道を選んだとしても、その道が正しい道だったと胸を張って言えるように努力するだけです。私は二週間でワーホリを切り上げ帰国して就活をする決意を固めました。人によっては、60万もかけたのにたったの二週間で切り上げるなんて勿体無いと思うかもしれませんし、事実言われたりもしましたが、私は一度もそのように思ったことはありません。もし就活前のこの時期に、ずっと憧れだった海外に勇気を持って踏み出そうとしなければ、私はこのような気持ちになることは決してなかったでしょう。ずっと海外に幻想を持ったまま、不幸な就職をしていたかもしれません。こんなに強烈で、自分と向き合う体験をさせてくれたのなら、私は誰になんと言われようとも勿体無いとは思いません。60万以上の価値がこの二週間にはありました。それに、60万かけたから勿体無いし留まろうという判断は何かプラスになるのでしょうか。60万はもうすでに使ったお金です。お金は稼げばいいだけですが、これからの時間というのは決して帰って来ません。私はこの経験を無駄にせず、自分の糧にして前に進むことと、絶対に後悔しない自信があります。私のワーホリは決して失敗でもなくリタイアでもありませんでした。そして、この砂漠の真ん中という職場でなければ、もしかしたらオーストラリア生活を続けていたかもしれません。しかし、これで良かったと思っています。ネットも娯楽も、そこには何もありませんでした。でも、その代わり自分と向き合う時間がありました。自分の弱さがありました。人の温かさがありました。観光や留学では味わえない経験をしました。これらが私がこの短い二週間で得たことです。

もしこれを読んでいる人の中に、海外生活に興味があったり、海外赴任の可能性がある職に就きたいと思っている人は、実際に海外に行ってみることをオススメします。その経験は決してあなたにとってマイナスにはなりません。